Mitsu Surfboard Design

2021年01月12日(火)

父とのお別れ [Blog]

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本日 1月12日 遂に 私の父が他界しました。84歳で心不全。
3年前に心臓手術などして 一命をとりとめたのですが その後の経過も悪く、昔からヘビースモーカーだったこともあり肺もボロボロ 去った6月の段階で 長くてもあと1ヵ月持たないでしょうと主治医から家族に知らされました。

ハワイにいる私は、動揺しましたが コロナ騒動で飛行機さえも飛んでないし、病院では面会も出来ないので 諦めていたのですが 8月には 日本への臨時直行便が出る事になり 父も最後の自宅療養になると言う事で 会いに行った時がこの写真です。

母も連日の介護で疲れ切っていたのですが 私が真ん中に入る事で 気が楽になって父も息子の前だからか 適度な緊張感が生まれて 思ったよりも元気でした。




過去10年間 日本に帰っても 私は寝るとき以外は 仲間と飲み歩きで狂ったように忙しくしていたのですが 今年はそんな事出来ないコロナ事情で 何週間もずっと親達と自宅待機生活を堪能しました。

この後まもなくで死んでしまう父が目の前にいる。 
明日かもしれない でもまだ 生きてる。 

ボケも全くないし眼も耳も大丈夫。 今まで親子だけど 意外と親とはガチの話が恥ずかしくて出来ないもんだけど 父の子供の頃の話や母との出会いなどなど聞いてみたら 鮮明に語ってくれた。  悔しかった事、嬉しかった事人間はよく覚えてるもんだよね。



でも実は 我が家は、決して平和な一般家庭ではなかった。
父は、私が小さい頃から 競輪競馬競艇すべてのギャンブルに狂い 数えきれないほどの借金会社から常に追われていて 家族は大迷惑。 
酒が入らないと物静かで誰よりも遠慮深いのに 酔ってくると暴言を吐いて暴れだす始末。

母に暴力をふるう姿をみて 私は何度か取っ組み合いの喧嘩をして 前歯折られたり 髪の毛を大量にむしられたりでヤバかった。

親に甘える事が出来ない家庭と知って 高校を出て進学は考えずに 自分のやりたい事の為に働くことにした。
若さに任せて 鬼のように働きまくった結果 お金は貯まった。 車を買ったり サーフボード買ったり 旅行したり。

それを見ていた親父は、 ある日俺の口座から大金を盗んだだ。 そしてそれをきっかけに 家には帰って来なかった。

もう許せなかった。 悪魔のような人間だから 殺してもバチが当たらないだろうとも思った。 そして 一生の決別を覚悟して 私は23の時ハワイに渡ってきたんです。

 
時は流れ 私も子供が生まれる。 親になった時初めて 自分の親の事を考えるようになった。 

”こんな事もあんな事も 俺も親にやってもらったんだなぁ〜”って。

親父は、たばこ、ギャンブル、酒癖は悪くて最悪だけど 心は優しい。 恥ずかしがりやで口数少ないけど 他人に騙されるけど だましたりはしなかった。 

あんなに悪い奴だったのに 最後まで家族みんなに助けられて見守られて 手取り足取り世話してもらって安らかに眠りにつきました。

私の世界でたった一人の 反面教師 今までやってはいけない事全部教えてくれて ありがとうございました。

昨日もLINEで電話したけどもう 無理だったね。 でも伝えたい事はもう全部伝えたよ。 

痛みのない世界で ゆっくり休んで下さい。

おとうさん お疲れ様でした。

本当にありがとうございました。  楽しかったです。

天国で会おう!  




 

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